凹レンズログ

くりかえす生活の雑感。まとまらぬままに。

「どうなるかわからない」ことへの不安を飼いならすために

それは、目的から自分を引き剥がす。

ぼくは、それを飼いならしたいのだ。殺すのではなく。

そのためには、それに気づかないといけない。

「不確実さ」を避けて、ブラウジングの沼にはまったとき。

見たくも無いテレビ、やる必要も無い雑務、意識を飛ばしているとき。

気づくべきなのだ、「どうなるかわからない」ことから、「逃れようとしていた」自分に。

捉えるためには、記録することだ。

自分は「どうなるかわからない」ことを避けたのだと紙に残し、意識へ浸み込ませる。

そうして望ましくは、「この世のあらゆることはどうなるかわからない」「自分にとって悪い結果だって起こりうる」という不幸と手を結びながら。

歩きたかった道へ一歩を踏み出すのだ。