凹レンズログ

くりかえす生活の雑感。まとまらぬままに。

恐れを感じない心をもつより、恐れを踏みこえる習慣を持とう

恐れるものが何もないなら、勇敢になることはできません。ただ恐れるものに対して勇敢であればよいのです。/エドナ・フォア

  僕はよく失敗をする。30年の時間を生きてきてもなお。今回は、自分の重要度の高い仕事で感じる恐れについて書き留めます。

  僕にとって重要度の高い仕事はとてもプレッシャーを感じるものです。重圧や、億劫さ、労力がかかるんだろう、大変なんだろうと、勝手に想像して、動けなくなることが度々あります。そういう対象は好きなんですが、それに伴う恐れとの付き合い方が未熟なようです。

  去年から、自分が行動しやすくなるときに、進めていないときには恐れを書き出すようにしました。これも中々溜まってこないので、チャレンジできていないということなんでしょう。いくつか、書いたことをあげてみます。

  • 疲れすぎてしまうこと、やって上手くいかなかったら、楽な気分をやることによって失ってしまうのが怖い。やることはわかっているのに、手をつけるのが怖い。紛らわせたい、なんとかやらずに全てが解決して結果が出て、みんなから赦されたい。そんな気分。
  • 疲れすぎて、後で何もできなくなってしまうことが怖くて動けない。「論理的に、今やらないほうが効率的なんじゃないか」という考えが浮かぶ。
  • 遅らせて遅らせて、「時間がなかったからしょうがなかった」という状況を作ろうとしてるな・・・
  • 結果がだめなら、社会の中でダメな人間だと思われるんじゃないかと恐れている。
  • わずらわしい状況になってしまうんじゃないか、と億劫になり中々手を付けられない
  • “正しくなかった”と“決まってしまう”ことが怖いんだな

  などなど、ちょっとキテルな~という感じですが、大抵こんなことを考えながら、物事を先延ばしにして後悔してという繰り返しをよくしてしまいます。   やはり、このリストが増えていくように動いていくことが自分には必要なんだと思います。恐れを感じるということは、チャレンジしている証拠でもあるのですから。自転車に乗るためには、転ばなくてはならないように、恐れと向き合うためには、怖さを感じなければならないのでしょう。

愛とは、怖れを手ばなすこと (サンマーク文庫 E- 45)