凹レンズログ

くりかえす生活の雑感。まとまらぬままに。

池上彰のネット民への指摘が ぐぅ正論すぎる件

 「池上彰の政治の学校」を読みました。非常に分かりやすい文章で、政党、政治家、国家元首、ポピュリズムなどについて解説してあり、コストパフォーマンスの高い本です。

増補 池上彰の政治の学校

 本書の中で、「とっても良いところを突いているな~」と思ったのは、ネットでの政治についての盛り上がりと、実際の世論との間にあるギャップについての記述です。注意してほしいのは、池上彰がネット民をダメだと非難しているわけではないということです。彼は、政治の中でのニコニコ動画やユーストリームを高く評価していますし、ネットメディアへ期待しています。以下は、あくまで行動に対する指摘です。

  ネットでの盛り上がりは、そのまま世論の盛り上がりではないということを把握しなくてはいけないということです。   ネットが浸透していると言っても、実際にネットに自分の意見を書き込む人というのは、まだまだ少数派です。その少数派の中でいくらブームが起きていても、ネットの外側も含めた全体を見ると、大したことがないということがよくあります。 ・・・   その意味で残念なのは、ネット利用者が、自分がネットを利用して感じている感覚と世論調査がズレてくると、「マスメディアは偏向報道している」「世論調査も自分達にとって都合のいいようにしているだけだろう」と言い出すことです。これはとても残念なことであり、不健全な考え方です。日本のマスメディアは、世論調査にバイアスをかけるような、つまらないことはしません。ネットの利用者は、まず、「自分たちの方が少数派なんだ」という自覚を持つことが大事です。

 この「少数派である感覚」ってウェブの中だと薄れてしまいやすいものだと思います。なんせ勢いが強いですから。麻生元総理や小沢一郎のネットでの支持が例として示されています。  また、単に批判するだけではなく、きちんと代案を示すあたりは、流石ですね。

  特定の政治家や政党を支持することはいいことですし、当たり前のことです。しかし、その政治家や政党が批判されたことでかっとなり、激しく攻撃するようでは、成熟した政治は生まれません。   互いに冷静に批判し、議論を交わす中で一致点を見出し、少しでも前に進む。これが政治のあるべき姿であり、そうしなければ政治は前に進みません。

  最近では「ネットは議論に向かない」「ネットでのやりとりは自分が正しい、他は間違っているという主張でしかない」という考え方も浸透してきました。それでも、妥協点を一緒に見つめて言ったり、最低限の相手の立場を認めるということを、それぞれができるようになれば、ウェブがより建設的な場所へなることができるのでしょう。