凹レンズログ

くりかえす生活の雑感。まとまらぬままに。

達成感のある毎日を手にいれる1つのカギ

今回のエントリでは、繰り返しの日常、自分の本当にやりたいこととは遠ざかってしまった毎日を、充実感のある生活へ変えるためのカギになる方法について書きます。

「あなたは理想的な生活を送れていますか?」と聞かれたらなんと答えるでしょう。少なくとも僕は理想とはかけ離れた生活をしています。それでも、少しずつですが自分の生活を変えて行くことができているように思います。

いつでも、どんな時でも、自覚的になれた全てのタイミングで、自分の時間を「本当に大切にしたいもの」に対して使えたら、毎日はどんな風にかわるでしょう?

キーとなる1つの方法

方法はとってもシンプルです。たった一つ

自分が本当に大切にしたいことに、一番最初の時間を使う

これだけです。

朝起きて、メールチェックの前に、会社に行って始業準備の前に、昼休みの食事の前に、帰宅して服を着替えるよりも先にです。取り組む時間は1時間でも5分でも10分でも構いません。とにかく「何より先」というタイミングが大切です。

やるべきことは英語や資格取得の勉強でも、スポーツのトレーニング、アプリ開発でも何でも良いです。自分は「こうありたい」、「こんなことができるようになりたい」と思うこと、思っているだけで出来なかったことに、実際に自分の時間を使っていくということです。

ものごとを始めることはともてハードルが高いですが、続きに取り組むことは意外と簡単です。

具体的なヒント

こういう生活にチャレンジする上で、自分のヒントになったのは「弱くても勝てます」に出てくる古川くんの生活です。

「弱くても勝てます」―開成高校野球部のセオリー―
「僕は集中力が一時間しか持たないので、勉強も一時間で区切るようにしているんです」 彼はそう言って毎日のタイムスケジュールを説明した。帰宅するのは午後5時過ぎで、まず6時から7時の間に勉強して素振り。そして「親に頼んで夕食は7時にしてもらっているんです。そうすれば夕食の時間が勉強の休み時間になるじゃないですか」とのこと。食事を終えると7時半から8時半まで勉強して素振り。その後風呂に入る。こうすると「風呂の時間も勉強の休み時間になる」というわけだ。そして9時から10時まで勉強して素振りした後に、その日の弁当箱をきちんと洗う。やはり弁当箱を洗う時間が勉強の休み時間をかねることになるそうで、休み時間を経て11時には就寝する。無駄のない時間割。

毎日の生活の意味合いを“転換”する

この原則を満たしていくと何が起こるかというと、何気なく過ごしている普段の生活。食事をし、テレビを見、ブラウジングをし、ウンコ、しょんべん、オナニー、睡眠などが、全て自分が大切にしているもののための休憩へと、その本質的な意味を変えるからです。

伊集院エントリ引用

かれらの発見というのは、一見同時には存在し得ないゴールとプロセスの関係性そのものを大きくシフトさせることなのです。つまり、あるプロセスを辿っていくとあるゴールにたどり着くという一方向の関係性ではなくて、“プロセスを辿っている行為そのものをゴールにしてしまった”のです。 明石家さんまと伊集院光、それぞれが見つけた魔法のカギ - 凹レンズ 〜まとまりのない日記〜 明石家さんまと伊集院光、それぞれが見つけた魔法のカギ - 凹レンズ 〜まとまりのない日記〜

こういう同じ日常、生活自体はほとんど変わらないにもかかわらず、その意味づけを、全く違ったものへと転換する魔法を僕らは使えるのだと思います。力をこめた努力とか、頑張りではなくって、するりと、人生の罠をかわすようなことです。その時のすごし方を少し変えるだけで、日常を“自分が本当にありたい姿”と連結することができる。あたりまえのいつもの時間すら、夢のための休憩に姿を変える。

どこか本当の自分と切り離されたように日々をやり過ごす。くだらない環境に身をおいていると感じたり、他人を見下して、気持ちの中で唾を吐きかけている。本当の自分はこんなもんじゃないと・・・。

ついつい卑屈に考えてしまいがちだけれど、そんな生活はとても悲しいと思うのです。また、努力したところで結局目標は達成できないかもしれません。アルケミストに登場するクリスタル商人のように、失望や落胆しないために欲しい物に手を伸ばさないこともある意味では、よくわかります。

アルケミスト 夢を旅した少年 (角川文庫)
  「ではどうして今、メッカに行かないのですか?」と少年がたずねた。   『メッカのことを思うことが、わしを生きながらえさせてくれるから、そのおかげでわしは、まったく同じ毎日をくり返していられるのだよ。・・・もしわしの夢が実現してしまったら、これから生きてゆく理由が、なくなってしまうのではないかとこわいんだよ。・・・実現したら、それが自分をがっかりさせるんじゃないかと心配なんだ。だから、わしは夢を見るほうが好きなのさ』・・・

そうかもしれない。例えそれでも、自分が最後に失敗するとしても、悔しさの中で人の成功を見せ付けられ自分の才能の無さを突きつけられう結果になるとしても、リングに上がって、走っていく日々には、高揚感や正しい痛みがあります。

苦しまない人生などきっと何処にも無いので、自分から裸足でかけ出していきたいと思うのです。