凹レンズログ

くりかえす生活の雑感。まとまらぬままに。

「聞く」ことへ臨む ~「聞く力」 阿川 佐和子~

以前は、人が貴重な時間をお喋りに使う意味がわかりませんでした。そんな時間があれば、もっと身になるコトをすりゃあ良いのにとすら考え、小馬鹿にしていた時すらあります。最近では、コミュニケーションについての考え方が変わってきました。

そんな時に本書を読んで色々考えさせられたので紹介します。


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阿川 佐和子

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後手としての聞き手

聞き上手というのは、必ずしもデーブ・スペクターさんのようにビシバシ切り込んでいくことだけではないのかもしれない。相手が「この人に語りたい」と思うような聞き手になればいいのではないか。こんなに自分の話を面白そうに聞いてくれるなら、もっと話しちゃおうかな。あの話もしちゃおうかな。そういう聞き手になろう。
私が最終的に目指すところはどこかと問われれば、とりあえずゲストに「アンタの顔を見ていたら、いつのまにか、喋っちゃったよ。あー、楽しかった」と嬉しそうに帰っていただくことです。

最近では、富みに相手を操作しようとか自分の意図を通そうと構えることが少なくなりました。何か交渉するのは、あくまで次のステップ、関係を作った後のステップだと考えるようになったのです。それに、相手が自分の想定した通りの人で、予想していた通りの意図を持っているなんて、会ってみるまでわからないものです。私の仕事でも、会ったその日に決定をしなければいけないということはそんなに多くはなく、まず自分と相手の関係を作っていきます。その場では、率直でいたい、素直に楽しく時間を過ごしたいと思います。結果的に、それが仕事に繋がっていきます(し、つながらない時もあります)。

人となりは細部に宿る

そういう意味では、最近は、相手と自分が似ていないこと、違いがあること、間違えてしまうこともとても重要だと思うようになってきました。以前は、相手の意に沿わないことを口にしたり、誤解を持っていることを必要以上に恐れていました。

相手を見るということは、すなわち相手の心の中は今、どんな状態になっているのかと慮ることでもあります。
自分と違うからこそ、自分のスケールだけで判断してはいけない。でも、嬉しかったり悲しかったり苦しかったりする感情に、違う体験ながら、どこかで共鳴する場所を見つけることはできるはずです。違う思考や行動を経験した他人の気持ちの一部だけでも、自分の何かの経験を重ね合わせることができたとき、相手に対するより深い理解と興味が生まれるのだと思います。

人となりは、細部に宿るのだと思います。特に、わかり合いにくいけど、琴線に触れるような、ギリギリのやり取りで、分かち合えた一瞬というのは、話している関係を近づけてくれます。
些細なことが重要な役割を果たすことが多くあります。

わかりあえる貴重な一点を探して

話すことなど何もないと思いつつ、聞き手と一緒に・・・ごそごそ漁っているうち、「あれ、こんなもんがあったよ。忘れてたなあ」という宝物を発見することがあります。それは、「ごそごそ」をやらなければ、見つけられなかったものなのです。ときとして、「なんでここに、こんなものが入っているんだろう」と驚くようなものを発見することもあります。

こういう発見はとっても貴重です。完全に重なることなどできない人間同士が分かり合えたと思えるのは、こういう瞬間であるのかもしれません。

脳みそ捜索旅行に同行し、添いつつ離れつつ、さりげなく手助けをすればいい。

自分を振り返ってもこの話は、あいつにしか分からないよなと思える相手と話す時間はすぐに過ぎて行きます。そこにはお互い打算や相手を操作しようとする意図はない。ただ一緒に怒ったり、辛いよなと言い合える時間というのは貴重なものです。

昔あれほど馬鹿にしていたお喋りに、今は助けられることすらあります。こうやって自分の間違いを教えられていくというのも歳を重ねて行くことの良い所だなと思います。


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