凹レンズログ

くりかえす生活の雑感。まとまらぬままに。

餓死とケイゾクと、「お前は間違っている」

ウェブを飛び交う、お前は間違っているという烙印。「分かってないな論点は…なんだよ」「~なんて当然」「~なんて周りが見えていない証拠」などなど、『お前は間違っている』というメッセージでいんたーねっとは溢れかえっている。

それは、「権威への反発」という文脈の中で生じていることも多い。政治家やら、市長、社長、有名人などなど。私たちは生まれながらに、間違いがあれば、それを指摘・修正したくてしょうがないようにできている。

他人を変えること

確かにそういう意見を書くとスカッとする気持ちは良く分かるし、自分にも経験がある。「白黒をハッキリ決めてブレずに正解を出し続けられれば理想だ」というところには同意しますが、僕はどうやらそんなに正しくはできていない。

汚らしい心が、ベチョベチョとして、しっかり居座っている。うんこや、ゲロのような部分が僕の心にはあるのです。

それに、他人のことを変えようというタフネスさが僕には欠けているので、それが絶対的な悪の対象でも、自分がソイツを変えてやろうとは思えない。どこかの市長でも、民主党でも、洗脳された人でも。「お前はダメだ」と全面的に否定をすることが中々できない。だって、その発言の形は、もはや存在の否定であって、後から「いやいや特定の意見を批判しているのだ、人格や存在を否定したわけではない」と弁明したとしても、自分にはしっくりこない。

餓死とケイゾク

ある報道されたニュースに対しても、わりと早い段階で誰かを批判する動きが生まれる場合がある。たとえば、大阪母子「餓死」に関するニュース。けれど、実情はまだ分からない。

大阪母子「餓死」報道メモ - 発声練習 大阪母子「餓死」報道メモ - 発声練習

上記のエントリを見たときに、ドラマ「ケイゾク」を思い出した。

ケイゾクとこれから

真実なんてのはな、ホントは存在しないんだよ。曖昧な記憶の集合体で、それが真実の顔をして堂々とのさばっているだけだ。だから、その記憶の持ち主を殺せば、真実なんてのは消えてしまう。
一番簡単で確実な完全犯罪の方法を教えてやろうか。誰にも知られないように殺し、誰にも知られないように山の中に埋める。継続どころか捜査もされないよ。何せ事件としては取り扱われないわけだからな。
日本で一年間に起こる殺人事件は約一千数百件。その一方で特異家出人・・・つまり、犯罪に絡んで行方不明者になっている人間の数は約15000人。仮に殺されてるのがその内の一割だとしても、1500人の完全犯罪が成立してるってわけだ。俺たちの知っている真実なんてのはな、ほんの一部だ。 /ケイゾクより
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真実と呼べるものが、異なる人間同士の間に存在するかどうかは分かりません。それでも、僕らの目に映っているものが「見えにくい」「偏って見える可能性がある」のは間違いない。

曖昧模糊、不確実な世界の中で、自分の態度や意見を決めるのを焦りたくない。と思うようになりました。それは、感情は動くし、頭の中で先回りで考えてしまうことはあるんだけれど、必要な材料が出揃うまで『答え』を急ぎたくないんです。

自分の感覚で、「ああ、それなら自分でもそうするかもしれないな」という所まで、相手の話を聞いてみたい。そういう風に、問題や人に対峙できるようになりたい。

いきなり答えを見つけて、問題を明確にするという名のもとに突き放すことよりも、その汚さの中にぐっと潜れるくらい、自分の無知を認めていきたい。盗人にも彼の世界における正当性はきっとあって、それをさらりと聞けるくらい忍耐力のある人間であれば、今よりもう少し違った世界が見えるかもしれないという希望を抱いているのです。