凹レンズログ

くりかえす生活の雑感。まとまらぬままに。

恐怖を小まめに引き受けるということ

羽生さんと岡田監督の対談本「勝負哲学」の中で、リスクとどう付き合っていくかが紹介してあり、それが自分の課題ともリンクするので、紹介し、恐怖と関連付けてまとめます。

勝負哲学


羽生さんのリスクの考え方

あらゆる手を自分の判断で自主的に選ばなくてはなりません。そのとき、考えの真ん中にあるのは「いかに適切にリスクをとるか」ということです。リスクとの上手なつきあい方は勝負にとってきわめて大切なファクターです。・・・ リスクテイクをためらったり、怖がったりしていると、ちょっとずつですが、確実に弱くなっていってしまうんですね。
長くやってると、過去の成功体験、失敗体験が経験則として積み重ねられてきますよね。それは危機と安全の境界を見きわめる頼りがいある測定器である反面、安全策の中に自分を閉じ込めてしまう檻にもなります。・・・ つまり勝ちたいがために、リスクをとるより、リスクから身をかわすことを優先するようになる。でも、周囲はいつも変化し、進歩もしていますから、安全地帯にとどまっていると、その周囲の変化にだんだん取り残されてしまいます。・・・ だから私は、経験値の範囲からはみ出すよう、あえて意図的に強めにアクセルを踏むことを心がけているつもりです。
ともかく、リスクを避けていてはいい勝負はできないし、次のステップにもなりません。よくいわれるように、リスクをとらないことがリスクなんです。リスクをとることこそリスクから逃れる最高のすべです。だから、いまリスクテイクすることは未来のリスクを最小限にすると、私は自分に言い聞かせています。・・・
リスクを少しずつとるようにはしています。たとえば、トータルでこれくらいのリスクをとろうと目安を決めたら、それをいっぺんに引き受けるのではなくて、そのときの自分が消化できるサイズにまで小分けにして、毎回少しずつとっていくんです。

リスクと恐怖

勝負の世界では、そのように避けてしまうものは「リスク」という危険そのものです。けれど、ビジネスなど問題になる、避けてしまいがちなのは、どちらかといえば「恐れや不安」であるように思います。こういった違いが生じる理由は、一流の棋士や勝負師は闘いが仕事であり、恐れに立ち向かう腹がある程度座っているからかもしれません。

そして、仕事上でどう問題になるかといえば、重要な仕事に手を付けるのがツイツイ遅れがちになったり、上司への相談や報告を後に回してしまったり、そういったことが繰り返されてプロジェクトが進まない、もしくはギリギリになって間に合わせるといった状況です。

仕事の中でも当然リスクや、それに伴う不安はあります。「失敗するのではないか?」「無能だと思われるのではないか?」「叱責を受けるのではないか?」など、いくら仕事が好きでも、こういった考えが頭をよぎるときはあります。けれど、そういった恐怖感に向き合わずに人生を進んでいくことはできません。望んだ人生を生きようと思えば、恐れや恐怖さえも受け入れていく必要があるのです。

そこで、今回の羽生さんの「リスクを少しずつとっていく」という考え方は、僕にとってとても示唆の大きい物でした。恐怖を感じないことはできない、望む仕事をしようと思えば、恐怖はいつか必ず直面しなければならない宿命みたいなもの。自分の恐怖を無くすためには、あえて恐怖を感じる状況に向かっていく。全体のリスクを考えておいて、小分けに恐怖に挑んでいく、大きな恐怖をぶち破るのではなく、小さい恐れに向かっていく習慣をつけると違った世界を見ることができる。そうやって自分おこなうことのクオリティを高めていく。

励まされるポイントとしては、この対談の中で、すべてが計画的にできる訳ではないことは前提になっいるということです。。岡田監督が、ワールドカップ予選でどれだけ辛酸を舐め、危険を感じてきたか、羽生さんも自分の肉を切らせるほどに対戦相手に接近し相手の骨を断つか自分の骨が断たれるかの勝負の中にこそ生き場所を見つけています。そういった苦しみも踏まえた上でのこの考え方は、状況は違えど、日常で抗う僕らを鼓舞してくれるものだと思います。