凹レンズログ

くりかえす生活の雑感。まとまらぬままに。

タイムマネジメントは、「埋め草」ではなく「命の爆発」だ

昨年末にブログを引っ越して、膝の手術&入院生活をしました。その前後で、生活の仕方が少し変わったように思います。その一つが時間をどのように使っていくかということでした。

自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間”を捨てられるか (青春文庫)

これまでの時間の使い方

これまでの自分のスケジューリングやら時間の使い方を振り返ってみると、時間の穴埋めが生活の大きな部分を占めていました。時間が余った時に(帰宅してから夕食までの間や、動き出すまでの時間)、はてブをチェックしたり、アフィリエイトの合計金額を確認したり、「自分がリラックスできること」で「何もしていないという罪悪感に囚われなくて済むこと」をして、「何か」をやった達成感を得ようとしていました。

時間がない、時間がない、と思っていたし、自分は他人よりも頑張っているんだという自尊心のようなものを持っていました。

かといって、自分が本当にむきあわなきゃいけない大きなプロジェクトだったり、制作だったりを後回しにしているので、仕事は進まない。頑張っているはずなのに、閉塞感がたまっていくというような状況だったように思います。かといって、何もかもできずに頓挫していくかというとそういうわけでもないのです。締切1週間前くらいから、いや、3日前くらいから、いや、1日ま・・・前日の夕方くらいからエンジンがかかって何とか形にするので、事故には発展しません。

それでも、自分の中では満足できない感覚が残るとともに、「今回は時間がなかったから」と言い訳をして、「時間があればもっと完全なプロジェクトができるはず」と絵に描いた餅イメージを膨らませるのです。


結局、保身しながら逃げていただけ

どこかで気づいていたけれど、耳をふさいでずっと聞こえないフリをしていたわけです。「それは、結局逃げているだけだ」と。自作自演のからくりに気付いてしまっている自分自身の声からは逃れることはできなかったのです。

ただのスケベより、むっつりスケベの方が厭らしいように、保身をしながら逃げたり、言い訳を作りながら人を欺く方が救いがないわけです。頑張っているフリをしてしまっている僕は、むっつりスケベで隠れオナニストのようなものなわけです。


いつ始めるか!?今でsh・・・!?

やるべきことは最初から決まっていて、あーだこーだ考えて答えがでるものではありません。本当は自分が一番よく知っているんです。僕たちができるのは、今この瞬間を大切にすることだけです。そんなこと、本にもネットにも書いてあります。

実は、このブログを書くことも最近は避け気味でした。独自ドメインを取り、ワードプレスで自分なりに構築をした。このブログは自分にとって大切なものです。けれど、SNSとの連携設定が上手くいかなかったりで少しでも躓くと、ブログを更新する頻度はどんどん少なくなっていってしまいました。

僕は自分の大切な物が、上手くいかないかもしれないという状況に弱いのです。もし、やってみて上手くいかなかったとしたら、自分が傷ついてしまうのではないかと怖いのです。やってみてダメだと突きつけられることに耐えられないと思ってしまうのです。僕は、往々にして自分にとって大切なものをこうやって放置して、時間が経ち、ダメにしてしまうという悪循環を続けています。自分で自分の首をしめているのにそれを他人のせいにするような人間なのです。

そう考えると、「今を大切にする」とかそんなクリーンなことは求めてないんだろうと思います。今残されている時間で自分の命を燃やせるかどうかにすべてがかかっている。「あと5分ある、この時間で自分の生命のエネルギーを燃焼させられるかどうか?燃え上がれるかどうかに命を懸けてもいいのではないか?」と思うのです。それが生きるということです。損得なんて関係ない。たとえ、自分が大損をしてしまったとしても自分の命を腐らせずに燃やしてしまうことができたとするならそんなに嬉しいことはない。命は本当になくなってしまうし、自分が好きな人も必ず死んで腐ってしまう。そんな、いずれダメになってしまうものを守ったって仕方がない。もっと、使って使ってボロボロにして、たくさんの手触りのある思い出を作っていきたい 、そう今は考えているのです。