凹レンズログ

くりかえす生活の雑感。まとまらぬままに。

ロンブー田村淳の恋の背景と、変化

今回は、ロンドンブーツ1号2号の田村淳と、早稲田大学の森川友義の著書「ロンブー淳×森川教授の最強の恋愛術」を紹介します。本書は、恋愛指南書として書かれています(内容は女性よりです)。ハウツー内容の紹介は、他のブログで紹介されていますので、その部分には今回は触れません。本エントリーでは、田村淳が自身の過去と変化を、語っている本書の第二のあとがきともいえる部分を紹介します。


いじめられっ子だった過去と、転機

まず、驚いたことは、彼が自身がいじめられっ子だったことを語りだしたことです。

僕、もともといじめられっ子だったんですよ。休み時間に黒板けしでボコボコに叩かれて吹くがチョークまみれになっているような少年でしたね。
・・・僕のことを黒板けしで叩いたヤツらを全員ボッコボコにしたんです。そしたら、アザ作って帰ったヤツらの親が僕の家に怒鳴り込んできた。「謝れ」と言われても僕は「謝んない」と。母ちゃんに理由を教えろと言われて、「向こうが先にいじめたから俺は仕返しをしてやったんだ」と言った、母ちゃんが「じゃあ、謝る必要ない」と。そのときに、暴力で訴えたことはよくないけど、きちんと自分のおもっていることを伝えないといけないな、と気付いたんです。それから、どうやったら伝わるのかを真剣に考えはじめました。ちょうど小学校3年生の頃です。

とにかく小3が最初の転機でしたね。まずは学級委員長とかクラスで目立つポジションに自分を置くことだ、と思って立候補しました。最初は「え、オマエが立候補するの!?」と不気味がられましたけど(笑)。

みんなが恥ずかしがってやらないことを、率先して立候補するようになっていきました。そしたら、今まで告白なんかされたことがなかったのに、女子から告白されるようになった。何か一つ秀でると女子から羨望の眼差しを向けられるのかと知ったら、またどんどん気持ちよくなって、今度は自分の好きな子が告白してきたら良いなと思うようになったんです。そのためにはもっと目立たなきゃ、という感じで、運動会の応援団長になったり、鼓笛隊の指揮者やったり、ついには生徒会長に立候補。あれ、全部モテたいからやってたんだな、今思うと。

彼の原点ともいえる部分は、「気弱で主張できない自分」を崩し、これまでの自分とは違う、目的に沿った行動を一つずつ、組み立て、積み上げてきた過去なのだと思いました。今の自分を捨て去ることの厭わなさを、小学校中学年には心のどこかで決意したのかもしれません。

男性社会で培われたこと

次に山口県の男子校の工業高校での過ごし方が語られます。

工業高校なので男だらけの世界。あのときに男子との調和みたいなものをすごく勉強しました。あんまり変な目立ち方をするとヤンキーにボコられるんで、いい感じに必要とされる、ケンカは弱いんだけど不良グループに一目置かれる存在になる方法を考える・・・とか。工業高校の不良どもは、腕っ節は強いのに女にからきし弱いんで、そのお世話をしているのも楽しかった。実際に何組かカップルを成立させましたよ。でも当時は、この作戦で行けば上手くいくとかじゃなくて、単にがむしゃらにやっていただけなんで、“策が決まった”感はなかったです。「これやってモテるかどうかわからないけど、とりあえず動いとけ!」みたいな感じ。

くだらない処世術と言ってしまえば、それだけです。だけれども、「くだらない」と言い放って離れては得られないこともあったんでしょう。良し悪しは別にして、一生懸命に走ろうとする姿勢はずうっと持ち続けているんだろうなと思いました。楽してダラっと過ごすことよりも、刺激を求め、リスクをしょいながら、実験を繰り返すような彼の傾向は見て取れます。

傷つきと、それを見つめなおせるまでの時間

そういう語りの中で、彼が青年期に負ったキズに焦点があてられます。

そうこうするうちに、好きな子ができたんです。高校3年生のとき。1コ下の彼女でした。


僕の初体験の相手だったので、もう、自分の中では“第一次結婚ブーム”ぐらいの勢い。真剣に付き合ってて、結婚したいと思ってた。でも、裏切られたんです。僕は高校卒業と同時に東京に行って芸人になると決めていたけど、彼女は1コ下だったんで、田舎に残るわけですよね。こんな俺のことをどう受け止めてくれるかな、と思ってた、彼女、浮気したんですよ。「私の目の前からいなくなるからいいや」と思ったんでしょうね。「どうせ放っておいても東京に行くんでしょう」という感じで、ちゃんとした別れもなくほかの男に走った。そりゃあ、まぁ、工業高校のタダのお調子者が本当に芸人になれるなんて、想像できないですよね。


18歳で彼女に裏切られたことをずっと根に持っていて、20代半ばまでは女とは向き合うまいと思っていたんです。どうせ裏切るんだからこっちも向き合うもんか、と。だから、一見ひどい男というか・・・実際にヒドい遊び方をしてましたね。


さらにそれが、ロンドンハーツでのガサ入れに生かされることになります。というより、女性へ抱いた不信感が彼をより過激な方向へ向かわせ、聴衆のあおりと、生み出される視聴率、見る側見せる側の欲望も背中に背負い、悪魔のように走りつづけます。倫理的な側面からいえば、それは「悪いこと」をくり返し、愚行を重ね、傷つけた人も多いのでしょう。単純な良し悪しでいえば、確実に悪いことに手を染めていた時期があります。


そうして冠番組や司会業の一線に立ち続ける中で、彼も変化をしていきます。

それが変化したきっかけは・・・ちょっとよく覚えてないんですけど、30歳を目前にして徐々に、こんなに遊んでいても得るものが何もない・・・、と虚しくなってきたんです。・・・男と女ってどうしてこんなにわかり合えないんだろうと、漠然と考えたりもするようになって。あ、きっかけは父ちゃん母ちゃんかな?僕が10代の頃は、両親はめちゃくちゃ仲が悪かったんですよ。いつもケンカしていて、いつか別れるんだろうと思っていたぐらい。でも、僕が30歳になる頃には、気づいたら仲が良くなっていた。ふと、こんな世の中が性的に乱れているのに、父ちゃん母ちゃんがずっと一緒にいるのっていいな、と思ったんですよね。母ちゃんみたいな女の人もいるんだから、18歳の頃に裏切られた気持ちのまま女子と向き合わないのはよくないな、と思い始めたんです。


こういう変化をきちんと実感しながら変わってこれている所に、彼の強さがあるのだと思います。過去の自分であっても、それを執着無いように捨て去り、その時の自分の姿勢をアップデートしていく。それがやっと、社会とのちょうどよい距離感に落ち着いてきているのではないでしょうか?そして、「淳さんでも、恋がうまくいかないと思うんですか?」という質問には、以下のように答えて生きます。

  思いますよ!失敗のほうが多いくらい。上手くいかないことだらけ。


  「落とせる?落とせない?」とヤキモキするくり返し。みんなと同じですよ。「やっべー、メールが返ってこねぇな・・・」と落ちることも全然あるし。


  みんなが勝手に俺のことを美化して、恋愛マスターとか思ってるみたいだけど、やってることはみんなと同じですって。「この文面で送ってメールが返ってこないということは、もう俺に気持ちがないんだろうな。でも、ここで諦めたら今までの気持ちが“そんな程度のもの”と思われてしまうから、最後に気持ちを伝えるメールを打っておこうかな」とモヤモヤしたり、「最後のメールって決めたけど、もう1回打ってみるか?」と送っちゃったりして(笑)。


少なくとも、20代の彼はこんなに自分の弱みや情けなさを語ることはなかったでしょう。少なくとも当時のテレビに映ってる彼を思い出して、僕には想像ができなかったと思います。人は皆、過去の自分を守りたい気持ちを抱えていて、それを中々打ち破れなずに悩んでしまったりします。彼がこれからもどんな変化を見せてくれるのか、楽しみに見てみたいです。