凹レンズログ

くりかえす生活の雑感。まとまらぬままに。

幸せを追い求めても、手に入りはしない

幸せになるための方法は、いつもだれもが知りたいと思っています。
驚くほど効果的!いつも幸せな人がやっている7つの習慣 - NAVER まとめ
そんな私とあなたには正しい挫折が必要で、どんなに追い求めても、頑張って頑張って幸せになろうとしても、幸せになんてなれません。


なぜなら幸せは手に入れるものではなくて、感じるものだから。味わうものだから。


何かを追い求めた先に、ゴールテープを切ったら幸せになれるか?自分の立場から答えれば、NOです。
そこにあるのは、達成感や歓喜であり、おそらく幸せではない。また、その歓喜は、ずーーーっと続くものではない。華やかな歓喜。残酷なまでにその瑞々しさは失われる。
そして、その歓喜の中にずーーーっと居ようとすることは、哀愁であり
それは現在(いま)に潜んでいる輝きの光を奪う。

人間の複雑な感情や気持ちは0と1に簡単に振り分けることはできない。

どの地点にいても「生きてるだけで丸儲け」なわけで、それなりに幸せと言えなくも無いです。
僕は、いつ死んだとしても「6:4くらいで、まぁ、幸せな人生だったかな?」と思える気もします(それと同じくらいそんなに甘いもんじゃねえよという声も同時に持っているのですが)。

んで、複雑なのは歓喜を追い求めながら幸せを感じることはできても、
幸せそれ自体を追い求めるときに幸せだとは感じられない気がするのです。

そうやって幸せを追うためには、かならず「今は幸せではない」という船に乗らなければならないから。

幸せになりたいと思っている「今」、幸せを味わうことはできない。

けれど、別に幸せにならなきゃいけないわけじゃあない。不幸のまま死んでいった人の人生をだれが否定できるでしょう?

例えば、あなたのことを道行く他人が「幸せそうですね」といっても「つまらない不幸な人生ですね」といっても、あなたの人生自体は何も変わりはしない。


僕らがやらなきゃならないのは、幸せかどうかにかかわらず、ただひたすらにこの命を燃やし続けることなんだろう。