凹レンズログ

くりかえす生活の雑感。まとまらぬままに。

仕事をテキトーにすると、プライベートもダメになる

 久々に実家へ帰省し、中学時代の友人と酒を飲んで話をした。主な内容は、「仕事もプライベートも充実した生活」を送るにはどうするかということ。そんでもって、各々の経験則や、会社内の同僚上司の傾向から、「あーでもない、こーでもない」と話した結果、いきついたのが・・・


「仕事もプライベートも、楽しむことに尽きる」というコト


 全く逆の方法で、1つの目標(仕事でも、趣味でも、恋愛でも)を成し遂げようとした時には、選択肢として目標以外には労力を割かないという方法がある。受験勉強のために恋愛はしない、趣味のために仕事は大変じゃないものを選ぶ、といったものがこれにあたるだろう。この方法は、目標以外のものに使う力を目標のみに注ぐという方法。頭で考えると効率的だし、わかりやすい考え方だといえる。だけれど、今までの自分の体験から判断すると、実際にはそこまで効果が無いような気がする。


 前々から不思議だったけれど、人間の“パフォーマンス”というモノは、単純な足し算・引き算では説明がつかない。


【例えば】
 短時間睡眠の後でも、集中していれば長時間睡眠をとった後よりもパフォーマンスが高い時はある。
 疲労を計算し、「休んでからやろう」と計画して休んだものの作業ははかどらない。
 疲れているはずの、練習後に走った長距離走のタイムがベストタイムだった。
                                     などなど


 “疲労” と “パフォーマンス”の関係は単純ではない。パフォーマンスは、疲労とは異なる変数と関係している可能性がある。それが集中力なのか?他の何かなのか?というのはわからない。ただ楽しんで行っている活動というのは、習得が早いし、充実感がある。仕事、プライベートと区別をつけずにガツガツけると良いなと思ったわけです。

 但し、「二兎を追うもの一途を得ず」精神で進むことを否定するわけでは決してない。そこは本人の判断で行うべきところ。但し、仕事をテキトーにすると、それに伴う不利益が大きい。それは“メリハリ”が、生活から消失してしまう可能性があることだ。プライベートなんて、極論すればどこまでも“ユルく”過ごすことが出来る。仕事も、プライベートもユルめてしてまうと、「一日中寝ていて寝すぎでダルイ」的な状態になりかねない。ある程度の〆た活動がなければ、喜びも生じない。


 勤務時間が8時間だと考えても、仕事が24時間の3分の1を占めていることになる。仕事が楽しければ、20代前半から60代中盤までの人生の3分の1が“楽しい”時間になるといっても過言じゃない(休憩・休日は省いて)。

 二兎を追うとカナリの充実が待ってるだろうし、一兎を追うならまず仕事ってのが安全策だろう。